武甲山 下山途中の水場に癒されて

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頂上から下山を開始して既に2時間近く歩き続けている。ずっと続く似たような道に飽きもきていた。それにひどく空腹だ。
早朝に出発するとき、食べる時間がなかったので、登山の起点となる埼玉の横瀬駅に着いたら近くのコンビにで何か買って食べようと思っていた。しかし、駅の周囲にあるのは民家と畑だけで、どこを探してもコンビニは見つからなかった。東京暮らしに慣れてしまうと、どこにでもコンビニがある感覚が身についてしまっていけない。仕方なく駅前の自販機で水とポカリだけを購入した。2時間で頂上に到達したが、頂上にも売店などはなかったので朝から結局8時間近く何も食べていないことになる。頂上では弁当を食べているグループがちらほら見受けられ、余計に空腹感を覚えることになった。
上空からは太陽の熱が直接照り付けて、体感温度は上昇している。左右に杉の大木が整然と並ぶ登山道のすぐ横には川が流れていて、時おり杉の隙間からその姿が現れた。水流の音が耳に心地良く響く。勢いがある流れではなく、歩くスピードと同じくらいゆっくりゆっくり聞こえてくる。水に入ったらきっと冷たくて気持ちいいだろうな、近くにいけるところがあったらそこで一休みしようと決めた。
水で身体を冷やすことを想像したらますます、是が非でも思いっきり水浴びしたいという欲が高まってきた。水の流れを聞いているのは飽きない。いつも不思議に思うのだけど、水の音を聞いていると思いがけず時間が経過しているということがこれまでに何度もあった。
僕は水の流れる音が好きなのだ。特に浅くて石や木材などで遮蔽するものがない澄んだ川の音が。好きな音に出会ったとき、いつまでも聞いていたいとさえ思う。眠れない夜は流れる川の音を聴きながら入眠することもあるほどだ。
相変わらずの似たような道の先に、やっと川のそばに出られる開けた場所に出た。気持ちが高まり、逸る足で川辺に向かった。大小さまざまな石が敷き詰められた川は、幅はそれほど広くはないが、十分な水量を蓄えて下っていく。近づけるところまで近づいていく。川辺の石に乗り、かがんで手を水につける。とても澄んだきれいな水であった。そして冷たかった。水を掬って飲む。食道を抜け身体の隅々に水がいきわたるのがわかる。服が濡れるのを構わずに両手で水を掬って顔と髪に何度もかけ続けた。疲労困憊している神経はそのきりっとした冷たさに目を覚まし、皮膚細胞はもっと水をとせがんでくる。本当に欲しているものが手にはいったとき、人間は至福の気持ちを抱き、喜びに満たされる。今がまさにその状態だ。角膜の濁りがなくなり、周りの自然は鮮やかな濃い緑色をしている。すっかり喉の渇きは癒えて、水を被った皮膚は風を受けて気持ちが良い。髪から水を滴らせながら、目線を上流に向けると2メートルくらいの滝があり、水が勢いをつけて落下していた。落下した水は水面にぶつかって弾け散らばり、日の光が細かく輝いた。あの滝まで行けないかなと思う。しかし、そこまでは深さもありそうだし、着替えがないので行くことができない。あそこで水を浴びたらさぞ最高だろうと思った。石の上に座り裸の足を水に浸して川の流れをしばらく見続けた。
休息したことで身体の軽さを感じ、まだ全然歩けるぞという活力が湧いてきた。ペットボトルの水が残りわずかになってきたので、川の中にペットボトルをつっこみ水を入れた。きっとあと30分くらいでふもとに到着するはずだ。そしたらふもとのお店で蕎麦とソフトクリームを食べようと決めていた。山のふもとに着けばお店があることはリサーチ済だ。
立ち上がり、これまでよりも快調なペースで足を進めていく。髪もシャツも濡れて水滴を垂らしているけど、この日差しが間もなく乾かしてくれるだろう。